ブラームスの「ドイツ・レクイエム」に、ルター訳聖書のⅠコリント15章52の引用で、最後の(審判の)ラッパが“die Posaune”とある。辞書でPosauneを引くと“トロンボーン”と出てくるが、この箇所の英訳は“trumpet トランペット”だ。日本語訳はラッパだから、どちらともとれる。英独ではなぜ異なる楽器になるのか、わたしは疑問に思った。
(1) この楽器、おおもとのギリシア語聖書では“サルピンクス salpinx”。ラテン語訳聖書では“トゥバ tuba”で、レクイエム・ミサに出てくる。辞書を引くと“直管のトランペット”とあり、昔のラッパは管が巻いていないおもちゃのラッパのようなまっすぐなものだったのだ。ラテン語のtubaの元の意味は管(くだ 英語のtube)で、楽器の“チューバ tuba”の語源でもある。
(2) ブラームスが用いたルター訳聖書では“Posaune トロンボーン"だが、現代語訳では“Trompete トランペット”という訳に変わっている。
(3) トランペットとトロンボーンとの違いは何か。語源となるイタリア語で、トランペットは“tromba”、これに、より大きなものを意味する拡大辞“-one”を付けたものが“trombone 大ラッパ”。
(4) トランペットとトロンボーンは直管にベル(朝顔)が付いた楽器(ラッパ)という共通の起源をもつ。ヨーロッパの中世までは直管だったが、ルネサンス時代に管を曲げる技術ができて、管をS字をつぶしたような形になり、持ち運びに便利になった。15世紀ごろにスライド・トランペットの一種からトロンボーンが発生したと考えられている。
Posauneはトロンボーンに限らず、広義にラッパを意味すると解すれば、それで済んでしまうことだが、わたしは、16世紀の人ルターはsalpinxにしろtubaにしろ普通ならTrompeteと訳されることを承知の上で、敢えてPosaune(=trombone)と訳したのではなかろうかと考えてみた。Wikipediaによると、トロンボーンは音域が成人男性の声域に近い上に、スライドによって音程をスムーズに調整できることから得られるハーモニーの美しさなどから「神の楽器」といわれ、教会音楽に重用された、また、古くからミサにおける聖歌の合唱等の伴奏楽器に使われている、とある。
そういう訳で、ルターは最後の審判の時を告げるラッパはトロンボーンが似つかわしいと考えた、となるのだが、皆さんは、どう思われますか?
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