小岸昭氏の『スペインを追われたユダヤ人』を読んだあと、キリスト教とユダヤ人関連の本を続けて読むのは重たい感じがしていますし、カトリックのスペインに悪い印象ばかりを重ねたくないなと思っていたら、ふと、異端審問の時代でもあった大国スペインの超有名な小説『ドン・キホーテ』を思い出しました。小岸氏の次の本を読む前に、緩衝材として、まずこれを読んでみることを思い立ちました。しかし、岩波文庫で全6巻もある長編は読み切れないだろうなと考え、アマゾンで探したら、翻訳者自身が書いたこの新書版を見つけました。
この新書を書いた動機について、牛島氏はこう述べています。名ばかり有名で、実際にはなかなか読まれない小説『ドン・キホーテ』を一般の人に身近に感じてほしいと願って、この小説のどこが面白いのかを正面きって取り組んだ、と。そういうことなら、私自身にとっても、この小説を読む動機づけになるだろうし、せっかく小説を読むのであれば、この本を道しるべにして読みどころを素通りしないようにしたいものだと考えました。
『ドン・キホーテ』は前編が1605年、後編が1615年に出版されています。著者セルバンテス(1547~1616年)は、徳川家康やシェイクスピアと同時代人です。
トリエント公会議(1545~63年)以後、スペインは反宗教改革の牙城として、異端審問を強化します。1571年のレパントの海戦では、教皇・スペイン・ヴェネツィアの連合海軍はオスマン帝国軍に対して初めて勝利を収めます。若き日のセルバンテスは、この大海戦で大活躍しますが、帰路でトルコの海賊の捕虜になるなどして、帰国後は不遇の日々を過ごします。「太陽の沈むことなき大帝国」であった祖国スペイン自身もまた、1558年に無敵艦隊が壊滅したのを機に衰退の一途をたどっています。
この結果を見れば、祖国も自分も、カトリックの大義のために戦ったあの熱狂は、間違っていたのだろう。しかし、あの熱狂的な行為は純粋であり、美しいものであったことも否定できない。祖国も自分も熱にうかされていた英雄時代を、セルバンテスは、中世の秩序と美徳の化身である遍歴の騎士ドン・キホーテの中に仮託して書いたのだ、と牛島氏は解釈しています。
『ドン・キホーテ』は、「かつて宇宙とその価値の秩序を支配していた神が退場していった時、馬にまたがったドン・キホーテがもはや真理が解体され、人間が分担する無数の相対的真理と化した近代世界に登場した」とも評されています。
『ドン・キホーテ』は、一貫した話の筋のおもしろさで読ませるような小説ではない。冒険物語ではなく、むしろドン・キホーテとサンチョ・パンサの会話を中核とする対話の書である。『ドン・キホーテ』を読む大きな悦びのひとつは、そのアイロニーとユーモアに富んだ文章を味わうことにある、ともありました。
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