Sola Gratia

聖霊降臨後第9主日 説教

小さな献げもの

1その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。 2大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。 3イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。 4ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。 5イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、 6こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。 7フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。 8弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。 9「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」 10イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。 11さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。 12人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。 13集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。 14そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。 15イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

16夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。 17そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。 18強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。 19二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。 20イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」 21そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。

この福音書が書かれたころ、ガリラヤ湖はティベリアス湖という名で知られていました。この湖の西岸にガリラヤ地方の首都ティベリアスがあり、その都市名が湖の呼び名ともなっていったようです。ティベリアスという都市名は、ヘロデ大王の後継者ヘロデ・アンティパスが自分を王にしてくれた二代ローマ皇帝ティベリウスに名誉を帰すために付けた名です。

イエスさまの一行は、カファルナウムから湖の北東岸の土地、おそらくベトサイダ(ルカ9章10)に渡ったようです。そこにも群衆は彼らを追って来ました。《イエスが病人たちになさったしるしを見たからである》と書かれています。「しるし」とは、イエスさまへの信仰を生み出す神の業のことです。イエスさま一行が「山」に登ったとありますが、あとで追い着いて来た群衆が草の多い場所に座ったことから、小高い丘を「山」と呼んだのでしょう。

群衆が追いついて来たところから、この大きな奇跡の話が始まります。イエスさまはフィリポに、《この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか》と語りかけます。フィリポは考えて答えます。《めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう》。これは、《フィリポを試みるためであった》とあります。辺鄙な場所にさまざまな病気を抱えた貧しい人々の大きな集団ができました。イエスさまはこの群衆を深く憐れみ、夕暮れまで話をなさった上で、まことの羊飼いとしての権威をもって、群衆を養おうとしていたのです。

次にアンデレが一人の少年を連れて来ます。《ここに大麦のパン五つと魚二匹を持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう》。アンデレも精一杯考えているようです。

ここで、この少年に目を向けてみましょう。五千人いた群衆の中で、食べ物を持っていたのはこの少年だけだったのでしょうか。この少年の場合、この日イエスさまに付き従うことをその日の朝に決め、自分の分のお弁当を用意して出かけたわけです。一日中イエスさまと共にいたいという計画性が表れています。これを一人のクリスチャンの信仰にたとえるなら、神との時間を守るため、一日の予定を工夫して聖書を読んだり祈ったりする時間を確保する計画性に似ているのではないでしょうか。また、このお弁当をイエスさまの手に委ねるとき、躊躇を感じなかったでしょうか。「これを差し出してしまったら、きょう自分は何を食べれば良いんだろう」。こんな心境は信仰者には多かれ少なかれあるものです。自分の持ち物や時間を神に委ねることを求められることは、人生の中でたびたびあるでしょう。この少年が自分のお弁当をイエスさまに委ねたとき、想像を絶する事態が起きたように、自分の持っているものを神の手に委ねるとき、神は私たちの想像を超えた奇跡を行うことができるのです(エフェソ3章20)。

この後に、そのお弁当に一体何が起きたのか、その様子を見ているように想像することは困難です。イエスさまは人々を座らせるように指示します。他の福音書を読むと、イエスさまは人々をグループに分けて座らせたようです。《イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた》。魚も同じようにしたと記されていますが、これも他の福音書によれば、各グループに届けて廻っています。みんなが食べて満腹した後に、何と、《残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった》とあります。

ちなみに、《感謝の祈りを唱えて》の「感謝」という言葉ですが、英語で聖餐式が“eucharist”と呼ばれるのは、この「感謝」という言葉に由来しています。カトリック教会では聖餐式を「感謝祭儀」と呼んでいます。

《人々は、イエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った》。この人々の言葉は間違ってはいません。メシアとも呼ばれる「預言者」に関する預言は旧約の時代からずっと語られて来ているし、「終わりの日」にメシアが偉大な王になるという預言もあります。人々はこの時、その王である預言者、メシアが今、目の前にいると確信したのです。ただ、間違っていたのは彼らのメシアについての理解でした。御子イエスさまが人間としてこの世を歩まれたのは、人間を自分たちの罪から救うためでした(マタイ1章21)。それは十字架を通して人類の罪の裁きを身代わりとなって受けてくださるためでした。まずはこの贖いの業が先でした。預言者たちが語った「終わりの日」は今ではありません。かなり近づいてはいるのですが。それらの預言はやがてこの世に来る時代を指したものです。イエスさまはその時、偉大なる王として再びこの世に降りて来られます。「キリストの再臨」と呼ばれるその時が、まだこの未来に起こることとして預言されているのです(マタイ21章21)。

この時の彼らには、自分たちがまず罪から救われなければならないこと、その道をイエスさまが開かなければならないことが理解できていなかったのです。それで、これほどの奇跡ができるこの方がいざ王になれば、イスラエルをローマ帝国から救ってくださるだろうし、その上、食べ物に困ることは無さそうだと考えたのかも知れません。こんな風に、彼らは間違ったメシアについての理解を抱いたようです。そのために、人々はイエスさまを無理やりにでも王に仕立てようとしたのでしょう。

人々が企んでいることを知って、イエスさまは一人で山の方に退かれたとあります。弟子たちが舟を出してカファルナウム(ヨハネ6章24)に向かって行ったのは、他の福音書によると、イエスさまの指示に従ったことでした。暗くなってから舟を出すことは、たとえ元漁師たちが一行の中に居たとしても、不安の伴うものだったのです。

そんな中でガリラヤ湖に嵐が来ます。舟の中で弟子たちはその嵐と苦戦しながら、岸から五キロほどの地点でイエスさまが舟に向かって水の上を歩いてくるのです。これは神にしかできない業です。弟子たちはそれを見て驚き、幽霊だと思って恐れます。無理もないことです。しかし、イエスさまが《わたしだ。恐れることはない》と呼びかけた瞬間、恐れは喜びに変わり、彼らはイエスさまを舟の上に迎え入れます。目的のカファルナウムに着くまでの距離は五キロほどだったはずですが、イエスさまが舟に入ってすぐにそこに着いたとも書かれてあります。さりげなく書かれていますが、これもまたイエスさまの業であったことでしょう。

私たちはイエスさまを自分の都合に合わせた存在にしようと試みないように気をつけなければいけません。あの少年のように自分に与えられているものをイエスさまの手の中に献げて委ねることが神に仕えることです。また、嵐のガリラヤ湖を歩かれたイエスさまは、私たちの状況や心に吹き荒れる「嵐」の上をも同じように歩いて現れてくださることができるお方です。そして、《わたしだ。恐れることはない》と語りかけ、道を開いてくださるのです。

祈りましょう。天の父なる神さま。少年が差し出した五つのパンと二匹の魚、誰もが「何の役に立つか」と考えます。しかし、あなたは人の思いを超えて大きく生かし用いてくださいました。このあなたの恵みをしっかり覚えさせてください。私たちの主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。