Sola Gratia

復活後第3主日 説教

イエスとペトロ

食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。

《食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。》

七人の弟子たちに顕われたイエスさまは、まるでペトロ一人を相手にしているかのように振る舞います。いわば他の弟子たちは観客のようであり、イエスさまはペトロの三度の躓きからの修復を目指しておられます。それは、ペトロを用いて弟子団をもう一度建て直すためです。

ユダの脱落とペトロの躓きによって、弟子団は文字通り崩壊してしまいました。しかし、ルカによる福音書22章32節には、「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と書かれており、イエスさまはペトロに特別な役割を期待しておられました。三度の問答と命令の繰り返しは、この確認のためであり、ペトロによる三度の否認に対応しているのです。

イエスさまが「この人たち以上にわたしを愛しているか」と問われるのは、他の者たちよりも大きな使命を委ねるにあたって、より強い覚悟を求められるからです。「より多くわたしを愛するか」という問いは、より一層強いイエスさまへの献身の覚悟を促すものなのです。

13章36節には、次のように書かれていました。「シモン・ペトロがイエスに言った。『主よ、どこへ行かれるのですか。』イエスが答えられた。『わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる』」。

当時は、「今は随いて来ることが出来ない」と言われたことが心外であったために、「あなたのためなら命を捨てます」と勇み足で断言し、後でずっと辛い思いをしなければならなくなりました。しかし、「後でついて来ることになる」と言われていたのです。

これは赦しと裁きであり、ペトロの生まれ変わりとも言える出来事です。ペトロは、ここで初めて本当に死ぬことができるようになったのです。

これは、ルカによる福音書7章36節以下に出てくる「罪の女」の物語を思い起こさせます。その47節で、「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」と言われている通りです。

《ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。》

ペトロは最後の食事の席で、「あなたのためなら命を捨てます」と決意を述べていました(13章37)。ところがそのすぐ後で、そのような人は知らないと、三度までイエスさまを否認してしまいます。自分の決意や勇気が何の役にも立たなかったことを思い知ったペトロは、ここでは自分の思いを言い立てることはせず、「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と、イエスさまの側の理解と自分への扱いに身を委ねます。

この姿勢は、イエスさまと自分の関わりの根拠を自分の側に求めるのではなく、ただイエスさまの側に委ねる姿勢を示しています。ペトロのイエスさまとの関わり方は、三度の否認と顕現の体験を境として、コペルニクス的転換を遂げたのです。

このペトロに、イエスさまは「わたしの小羊たちを養いなさい」と、ご自分の民をお委ねになります。信じる者たちと指導者を羊の群れと羊飼いのイメージで語ることは、牧畜を生業とするイスラエルではごく自然なことであり、旧約時代の信仰者や預言者たちもこの比喩を多く用いてきました(詩編23編、イザヤ書40章11節、エゼキエル書34章など)。ヨハネ福音書も10章で、イエスさまをご自身「良い羊飼い」という比喩で語っています。ここでも、「わたしの群れ」や「牧する」といった牧畜用語を用いて、ペトロへの委任が語られているのです。

羊飼いの比喩は旧約聖書の中でもよく使われてきましたが、そこではいずれも指導者や支配者として権威を行使する者という意味で使われていました。例えば、エゼキエル書34章23節には「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる」とあります。

羊は野性を失った家畜であり、本能によって餌を見つけることはできません。必ず羊飼いに導かれなければ、食べ物も飲み物も自分で獲得することはできないのです。神の民がその羊になぞらえられるのは一見すると心外なことに思えるかもしれませんが、これは救いの秩序を説明したものです。つまり、人はある意味では一人ひとりが自立しており、集団としては扱えない側面があります。しかし、ダビデが「主は羊飼い」(詩編23章1)と歌った時、それは神の救いを言い表したのでした。主がおられなければ祝福はなく、主が遣わされた牧者なしでは救いに入れないのです。

もちろん、羊飼いには一人ひとりへのきめ細やかな配慮が必要です。だが、きちんとした牧草を食べさせず、ただ見つめて可愛がっているだけではいけないのです。信仰の養いはひとえに神の生ける言葉によるのですから、羊飼いの第一の務めは、真実の御言葉を聞かせることにほかならないのです。

真実に御言葉を語るとともに、それがしっかりと聞かれるように導くこと、御言葉を聞いている者にふさわしい良き実を結ばせること、試練に遭っても崩れず耐え抜く教会を建て上げること、これこそが牧者の使命です。実際、ペトロは迫害に耐える堅固なローマ教会を建設しました。

さらに、ペトロがどのような死い方をするかについても、イエスさまは19節で暗示しておられました。この死に方もまた羊飼いの職務、すなわち教会指導者の職務に関係していることを読み取っておかなければなりません。羊飼いが必ず羊のために命を捨てなければならないとは限りませんが、その覚悟は必要なのです。イエスさまは「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」と言われたからです。

《二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。》

ここで、主を愛することと、主の羊を飼うこと(すなわち教会を建て上げ、これを守り抜くこと)の結びつきに注目しなければなりません。主を愛することは、主から命じられるあらゆる任務を忠実に遂行するために必要ですが、とりわけ、主の群れを主が養われるように飼うことにおいてこそ必要なのです。主の群れがこの世界に存在するのは主のご計画であり、主の群れがその使命を行うことができるよう強める務めは極めて重要なのです。

主イエスを愛するゆえに、羊のために命を捨てるということが起こる。このように理解すべきです。主への愛が他の人々への愛の原動力となり、それを支えて実践させるという意味なのです。

イエスさまがペトロに三度繰り返し言われたのは、「私の羊を飼え」という言葉でした。「私の羊」と言われたところに一つの重要な重点があります。それは、羊の群れへの個人的な愛情や好みのゆえにそれを養うのではない、ということです。主イエスへの愛のゆえに、主の羊を養い、主がその群れを用いてなそうとしておられる目的を実現させるのだということ、それがペトロの使命なのです。その民がただ地上に存在するというだけではなく、その民が神の目的に向けて整えられることが大切なのです。

そのようにさせることが、「私の羊を飼え」と言われた務めの内容です。主の民が単に人数を保つというだけではなく、主の民であり続けさせること。それは具体的に言えば、御言葉によって主の民としての生命、力、目標を持続させることにほかならないのです。

《三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」》

このイエスさまの問いかけとペトロの答えは、三度繰り返されます。この「三度」という回数は、ペトロが三度までイエスさまを否認したことに対応していると見られます。イエスさまは、三度まで否認したペトロに、同じ回数だけご自分への愛を告白させて立ち直らせ、他のどの弟子よりも身近な弟子として、ご自分の民(教会)の指導を委ねられます。

この三度の繰り返しは、その動作や事柄が徹底的になされたことを象徴しています。三度まで主を否認したペトロが、いま主の民の牧者として立てられているのは、主の徹底的な恩恵の働きの結果であるということが、この物語によって語られているのです。

《「はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」》

ここで、「アーメン、アーメン、わたしはあなたに言う」と「アーメン」を繰り返すこの福音書独特の荘重な形式によって、ペトロの将来を予告するイエスさまの言葉が導入されます。(日本語訳では「はっきり言っておく」。)「自分で帯を締めて」とは、他人の世話にならず自分で自分の身の回りのことをする姿であり、次の「他の人に帯を締められ」と対句になっています。ここのイエスさまの御言葉は、若いときは他人の世話になることなく自分の思いに従って歩めるが、年をとると他人の世話になり、自分の思い通りにはならなくなるという意味の、当時の諺の表現が背後にあると見られます。

他人に帯を締めてもらうときには、人は自然と両手を広げます。このごく自然な動作が、ペトロが両手を広げて十字架につけられたことを示唆するために、本来の諺の文言にとくに書き加えられた可能性があります。この補遺を書いた編集者は、ペトロの殉教の死を知っていました。伝承によれば、ペトロは主と同じ姿で十字架につけられるのは恐れ多いとして、逆向けに(頭を下にして)十字架につけられたとされています。

私たちは原則として、聖書に書かれたことを尊重し、聖書に書かれていない言い伝えをそのまま取り上げることはしません。しかし、ペトロの死についての言い伝えは確かな事実であると考えられます。これは20世紀初頭にノーベル文学賞を受賞した『クオ・ヴァディス』という広く知られた小説の骨子として用いられてさらに有名になりましたが、昔からよく知られていた伝承です。

皇帝ネロがローマに火を放ち、それをキリスト教徒のなした反乱であると言いふらして、キリスト教迫害を正当化する口実としたその時、ペトロは教会員に勧められてひとまずローマを脱出し、アッピヤ街道を南下して行きます。道中でペトロは主イエスに出会います(それは一緒にいる人には見えなかったようです)。そこでペトロは「クオ・ヴァディス・ドミネ(主よ、どこへ行かれるのですか)」と尋ねます。主は、「お前が私の民を捨てるので、私はもう一度十字架にかかるためにローマに行く」と答えられます。それを聞いてペトロは直ちにローマに引き返し、進んで殺される道を選びました。しかも、逆さに十字架にかかることを願ったと伝えられています。

さて、「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」と、イエスさまは10章11節と15節で言われました。これはご自分のことを言われたのであり、その死は私たちのための贖いの死でありました。したがって、主の羊のための牧者がみな同じように死ななければならないということにはなりません。主の僕たちが贖いの死を遂げることはなく、御子主イエスの死のみが罪人を贖う力を持つからです。

しかし、主ご自身の死とは意味合いが異なりますが、主に従う者が、ある意味で主の死に似たような死い方をすることはあります。もちろん、必ずそうなるというわけではありませんし、ましてやこういう死い方でなければ主に従う者として本物ではない、というようなことでもありません。また、この死い方が、そうでない死い方よりも一段と高い価値を持つわけでもないのです。

《ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。》

さて、「どのような死に方で、神の栄光を現すようになるか」と言われるところに注目すべきです。「死に方」とは、単に死ぬ時の態度ではなく、その方法や殺され方を指しています。12章33節にも「イエスは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、こう言われたのである」と書かれていましたが、それと同じ言い方であり、要するに十字架の死を指しているのです。態度として立派であったに違いありませんが、ここで問われているのは死ぬ時の立派な態度ではなく、ペトロがイエスさまの死なれた仕方と同じように死ぬということでした。

ヨハネ福音書は、イエスさまの十字架の死を、御子が神の栄光を現される出来事として描いています(13章32など)。ペトロもまた、その殉教の死によって神の栄光を現すとされるのです。イエスさまは、ペトロがどのような死い方で神の栄光を現すようになるかをお示しになった上で、「わたしに従いなさい」と言われます。ここでの「わたしに従いなさい」は、最初に弟子として召された時の言葉とは異なり、すでにイエスさまご自身が十字架の死を遂げられた後の言葉です。その十字架をくぐり抜けたイエスさまが「わたしに従いなさい」と言われるとき、それはイエスさまと同じように神の栄光のために命を捧げる覚悟を求めておられることにほかならないのです。

また、死に方ではなく生き方として考えるとき、「わたしに従いなさい」はどういう意味を持つでしょうか。主に従うということは、その弟子たる者にとっては大原則ですから、どこで語られてもおかしくありません。ガリラヤの海辺でもう一度使命の確認をされたところでこの言葉を聞くのも確かに適切でした。

しかし、もう一つ深く考えられることがあります。13章36節にはこう書かれていました。「シモン・ペトロがイエスに言った。『主よ、どこへ行かれるのですか。』イエスが答えられた。『わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる』」。

「後になってから随いて来ることになろう」。このお言葉がペトロの生涯の終わりで実現したことはすでに見た通りですが、21章19節の「わたしに従いなさい」という言葉は、まさにあの時の「後でついて来ることになる」という約束に重なるのです。

ということは、この日からペトロはそのような深い従属の状態に入ったと見ることができるのです。主の命令に従って御言葉を宣べ伝え、牧会をすることは、まさに主の後に随いて行くことそのものに他ならないのです。