1ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。 2イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。 3決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。 4また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。 5決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」
6そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。 7そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』 8園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。 9そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」
直前の12章54以下で、イエスさまは世の終わりが迫っていること、私たちは神の裁きに備えるべきことを話していました。《ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げ》
(13章1)ました。ローマ総督ピラトがガリラヤ人たちを殺戮したこの流血事件について、同時代の歴史家ヨセフスは何も伝えていません。しかし、総督ピラトは粗暴な支配者で、しばしば被支配民のユダヤ人やサマリア人の宗教感情を逆撫でしたので、多くの学者はこれが実際にあった事件であると考えています。
ガリラヤの山地がローマの支配からの解放を目指す革命運動家の巣窟であったことから、《ガリラヤ人》
(1)という呼び方は、このような革命運動家を指すようになっていました。ヨセフスもそのように用いています。歴代のローマ総督は、武力で反ローマ活動を鎮圧するために、繰り返し部隊を出動させなければなりませんでした。これもそのような事件の一つであったと見られます。
《ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜた》
という表現の意味するところは、解釈が分かれます。それが神殿で殺人があったことを象徴するとすれば、おそらく、過越しの祭りのときにエルサレムにのぼって神殿でいけにえの子羊をささげようとした何人かのガリラヤ人を、ピラトが殺したのでしょう。
ローマはその強大な軍事力でもって、このようなガリラヤ人から始まったユダヤ人の武装蜂起を完全に鎮圧しました(ユダヤ戦争、66年から73年まで)。しかし、その400年後には、非暴力無抵抗の絶対愛を唱えた一人のガリラヤ人、ナザレのイエスの足もとにひれ伏すことになります。弾圧してもなお広がるキリスト教を政治に組み込むことにしたローマ帝国は、391年にキリスト教を国教とするに至ったのです。
さて、この神殿の事件を公衆の面前でイエスさまに伝えた者たちの意図は何だったのでしょうか。彼らはこのようなローマ軍の残虐行為を突きつけて、イエスさまに反ローマ闘争に立ち上がるようにうながしたのかもしれません。しかしイエスさまは、この事件をまったく違う視点から見ています。
イエスさまはこの事件を、この差し迫った時に民に悔い改めをうながすきっかけにします。《そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思う》
(2)のは、当時のユダヤ教の基本的な考え方です。律法を順守して罪のない生活をしていれば、神の護りと祝福にあずかり平和で栄えるけれども、律法に反する罪深い生活をすれば神の裁きにより不幸と災禍に陥るという考えです。ヨブ記の著者は、必ずしもそうではない現実、義人が苦しむ不条理な現実に直面して、このような宗教の応報思想と格闘しましたが、一般民衆にはこのような応報思想が広く染みこんでいました。
イエスさまは《決してそうではない》
(3)と言って、この応報思想をきっぱりと否定します。このような考え方の根底には、自分が罪を犯すことなく、律法にかなった正しい行為をしていれば滅びることはないという、自分の義を立てる姿勢があるからです。イエスさまの無条件絶対の恵みの立場から見れば、人間の義とか罪は相対的なもので、人間はみな神の裁きの前では滅ぶべき存在であり、神の無条件絶対の赦しの恵みによらなければ救われません。《皆同じように滅びる》
(3)は、このガリラヤ人と同じように不慮の死に遭うということではなく、人間の尺度からする義人も罪人も差別なく、終わりの日の神の裁きの前では皆同じように滅びることを指しています。
では、どうすればよいのか。自分の正しさに依り頼まないで、自分の無価値と本性的な背神を認め、その自分を神の無条件の恵みに委ねるほかありません。これが「悔い改め」です。この悔い改めをせず、自分の価値に固執する限り、すべての人は「皆同じように滅びる」ことになるのです。「滅びる」とは、神との関係が失われることです。神の方に向き直り、神が自分を愛してくださっていることに気づかされ、神との関わりを持って生きることこそ、滅びないで生きることなのです。イエスさまは、悔い改めることが滅びないことの条件だと言っているのではありません。イエスさまは悔い改めて生きるように私たちを招いているのです。
イエスさまは同じことを、最近エルサレムで起こった事件を引き合いに出して語ります。《シロアムの塔が倒れて》
(4)18人が死んだという事件も、他の資料から確認することはできませんが、当時の人々に広く知れ渡っていた有名な事件だったのでしょう。シロアムはエルサレムの南東の城壁の内側にある貯水池です(ヨハネ9章7)。そこにどのような塔があったのかは不明です。水道工事と関わる塔があったのでしょう。現代でも工事中の事故で死亡者が出ることがあります。当時の話題を用いて、イエスさまは差し迫った終わりの日に備え、悔い改めるように、すなわちイエスさまが告知する神の恵みの場に来るように招きます。
「いちじく」はイスラエルの象徴です。イエスさまは最後にエルサレムに入ったとき、実のない「いちじく」の木を枯らすという象徴的な奇跡を行いました(マルコ11章12-14)。この記事は、マルコとマタイにはありますが、ルカにはありません。その代わり、ルカはマルコとマタイにはないこの語録を伝えて、イスラエルに対する警告としています。
ぶどう園の主人は「神」であり、園丁は「イエスさま」です。ぶどう園は「世界」を指し、「いちじく」は世界の中で選ばれて特別の使命を与えられた「イスラエル」を指しています。このぶどう園の主人は、そこに植えたいちじくの木がいくら待っても実をつけないので、そのいちじくの木を切り倒せと命じています。このたとえで世界の創造者である神は、選ばれたイスラエルに実を求めましたが、イスラエルは神が期待する実を結びませんでした。それで、神はイスラエルを滅ぼすことに決めた、というのです。
すでに洗礼者ヨハネはイスラエルの民に、《斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる》
(3章9)と叫んでいました。洗礼者ヨハネと一緒に活動を始めたイエスさまは、かたくなに悔い改めようとはせず、イエスさまに対する殺意をもって臨むイスラエルに対しては、すでに「切り倒せ」という神の断罪の宣言が下されていることを心得ていました。それは神殿崩壊の預言となって現れます。もうこれ以上無駄に土地をふさがせておくことはない、と主人は判断しています。
この「切り倒せ」という主人の命令に対して園丁は、手入れすれば来年は実がなるかもしれないという可能性をあげて、《今年もこのままにしておいてください》
(8)と懇願します。園丁は、いちじくの木に実がなるよう心から願って、毎日毎日、《木の周りを掘って肥やしをやって》
(8)いたに違いありません。同じようにイエスさまも、私たちが悔い改めて神の方に向き直るよう心から願って、毎日毎日、私たちに働きかけてくださり、私たちが神との関わりを失って滅びてしまわないよう執り成してくださっています。このイエスさまの働きかけによって、私たちは神のみ前に立つまでの途上にあって、今日も生かされているのです。イエスさまの執り成しによって生かされている私たちは、《来年は実がなるかもしれません》
(9)というイエスさまの切なる願いに応え、悔い改めて、神の方に向き直り、神との関わりに生きるようになるのです。私たちは神との関わりに生きる中でこそ、不条理な現実に直面しても、苦しみや悲しみの中にあっても、なお生きる希望と力を与えられて歩むことができるのです。
祈りましょう。天の父なる神さま。あなたが御子を通して私たちに良い物を与えて導いていてくださることに感謝します。私たちもその恵みに応えて、あなたに立ち帰るという良い実りを結び、日々、御言葉に聴きつつ歩むことができますように。救い主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
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