Sola Gratia

救い主イエスさまの誕生

1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。 2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。 3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。 4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。 5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。 6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

8その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 13すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。14「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

ローマ帝国は、新しく支配した地域に総督を送り、住民の戸籍や資産の登録を行わせ、それに基づいて税を集めていました。シリア州は、当時ローマと対立していた東方の強国パルティアに対抗するための重要な地域で、政情不安や反乱が多く、調査は難航しました。時のアウグストゥス帝から派遣されたキリニウスは、この困難な事業を14年で成し遂げ、紀元後6年に住民登録を完了させます。

ルカ福音書では、イエスさまの誕生を「キリニウスの最初の住民登録」の時としていますが、これは紀元後6年のことではありえません。なぜなら、《イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった》(マタイ2章1)という伝承は広く受け入れられており、イエスさまの誕生はヘロデ王の死(紀元前4年)よりも前のはずだからです。ただし、キリニウスの人口調査はヘロデ王の晩年には始まっていましたから、関係なかったとは言い切れません。

皇帝の命令による住民登録は、《自分の町》(3)、つまり生まれた町で行う必要がありました。《ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので》(4)、ダビデ家の故郷であり、おそらくヨセフ自身もそこで生まれた《ユダヤのベツレヘム》(4)まで、ガリラヤのナザレから数日かけて旅をしました。ベツレヘムは、ダビデの父エッサイの家があった町で、ダビデ自身もそこで生まれ育ち、預言者サムエルから油を注がれた場所です(サムエル記上16章)。

ユダヤの法律では、婚約中の女性も妻として扱われるため、マリアも夫ヨセフの町であるベツレヘムで住民登録をする必要がありました。出産間近のマリアにとって、それは辛い旅だったことでしょう。

マリアは旅先のベツレヘムで《月が満ちて、初めての子を産み》(6-7)ます。《宿屋には彼らの泊まる場所がなかった》(7)ため、馬小屋で泊まり、生まれたイエスさまを《布にくるんで飼い葉桶に寝かせた》(7)のです。「布」とは産着やおむつのことで、出産間近のマリアは、当然それらを用意して旅に出たはずです。「初めての子」という表現は、後にマリアが他の子も産んだことを示唆しています。

この「宿屋」とは、一般の家で人を泊める部屋を指します。「彼らの泊まる場所がなかった」のは、ヨセフとマリアのように住民登録のために多くの人がベツレヘムに戻っていたからです。二人は仕方なく、知人の家の馬小屋を借りて出産することになったのです。「馬小屋」とは、屋内の家畜を飼う場所を意味します。

イエスさまはそのような馬小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされました。主人公の誕生がこのような質素な姿で描かれたことに、「イエス・キリストの福音」の重要な意味が示されているのです。

そのしるしは、《野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた》(8)羊飼いたちに与えられます。羊飼いは当時のユダヤ社会では非常に低い身分で、証言の資格もないとされていましたが、天使は彼らに救い主の誕生を伝えました。

神から遣わされた天使の放つ神の栄光が、野宿していた羊飼いたちを照らします。恐れる羊飼いたちに、天使は「恐れるな」と声をかけます。なぜなら、《わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる》(10)ために来たのだからです。

この大きな喜びは「民全体に与えられる」喜びです。この「民」は、七十人訳ギリシア語聖書や新約聖書で「イスラエルの民」を指し、「民全体」とは、最下層の者も含めたすべてのイスラエルの民という意味になります。また、《今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった》(11)の「あなたがた」は、この物語ではイスラエルの民を指します。しかし、現代の読者がここに「世界中の人々の救い主」の誕生の知らせを聞き取ることは間違っていません。このイスラエルの救い主メシアが、やがて世界の諸国民の救い主として知られるようになるということが、ルカの福音書の重要な主題だからです。

ところで、「今日、救い主がお生まれになった」の「今日」は、日付を指しているのではなく、特別な出来事が起こったまさにその日を意味します。イエスさまはガリラヤでの活動を始めた頃、ナザレの会堂でイザヤ書の言葉を引用し、《この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した》(4章21)と宣言しました。ナザレのユダヤ人たちがこのイエスさまの言葉を聞いたときが「今日」なのです。イエスさまが生まれたときが世界に救いが訪れた「今日」であり、世界の歴史を「それ以前」と「それ以後」に分ける「今日」なのです。

天使は、「ダビデの子」の到来を待ち望むイスラエルの民に「救い主」の誕生を告げます。そのため、「ダビデの町」で生まれたことを強調します。そして、「今日ダビデの町」に生まれた《救い主》《メシア》(キリスト)であり、《主》(11)であると、三つの呼び名を使って、この方がどのような方で、何をする方なのかを伝えます。

「救い主」は、キリスト教の歴史の中でイエス・キリストの名前の前によく使われてきた重要な称号です。「キリスト」は「油を注がれた者」という意味のギリシア語です。旧約聖書の「メシア」(油を注がれて王や祭司などに任命された人)の訳語として使われ、後に、終わりの日に神の霊を受けてイスラエルを救うために遣わされると約束された救済者を指すようになりました。ルカは誕生の物語で、「今日ダビデの町で生まれた」幼子を「キリスト」だと告げているのです。その「キリスト」を、新共同訳は当時のユダヤ教での呼び方である「メシア」に戻しています。口語訳では「キリスト」と訳されています。「主」というギリシア語は、元々は財産(特に奴隷)の所有者を指す言葉で、「主人」という意味です。「キリスト」という呼び名が、終わりの日の救済者を指すという聖書の背景がないギリシア語圏では、「イエス・キリスト」がひとつの人名だと誤解されがちでした。そこで、復活したイエスさまの地位を示すために、支配者や神々を指す「主」という呼び名を使うようになりました。復活したイエスさまは、ギリシア語圏で「主イエス・キリスト」と呼ばれるようになったのです。

さて、天使はこのように告げた後、羊飼いたちがその方を見つけられるように、《しるし》を与えます。その「しるし」とは、《布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子》(12)です。飼い葉桶に寝ている乳飲み子が「救い主」であり、「メシア」であり、「主」だというのです。

この天使に突然《天の大軍》(13)が加わります。当時のユダヤ教には、ヤハウェ(神)は多くの廷臣を持っているという考え方がありました。「天の大軍」は天使の大群を指します。最初に羊飼いたちに現れたのは位の高い天使で、その下にある天使たちが、この天使の知らせが終わった時、この喜びをお与えになった神を賛美する合唱に加わったのでしょう。

天使たちの合唱が夜空に響き渡ります。その合唱はまず、《いと高きところには栄光、神にあれ》(14a)と神を賛美し、それと一対に、《地には平和、御心に適う人にあれ》(14b)と続きます。原語は「人々」と複数形なので、この平和は個人の無事平穏ではなく、人間社会の平和です。憎しみ、争い、暴力、戦争、流血などが一切なく、思いやり、いたわり、尊敬、助け合いが満ちて、生きる喜びと充実感に満ちた人間関係が行き渡ること、それが「地には平和」という意味でしょう。そして、この天使たちの賛美は、願いや祈りのようにも聞こえますが、この方によって平和が実現するという知らせでもあります。

この「御心に適う人々」は、神が無条件の、まったくの恵みとして選ばれた人々が、その恵みを受け取って理解し、神に感謝と賛美を捧げるという、愛の循環を指しています。これは、選ばれた人々、つまり神の民の中に平和が実現するという知らせなのです。わたしたちが《平和を実現する》(マタイ5章9)働きを推し進め、世界に、神の民の外にまで平和を創り出すことが、この天使の知らせの意向なのです。

祈りましょう。天の父なる神さま。あなたが御子の御降誕を真っ先に貧しい羊飼いたちに知らせてくださった恵みに感謝します。今日、その知らせを聴いた私たちも感謝と喜びをもって自らの内に御子を迎え入れることができますように。救い主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


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