Sola Gratia

聖霊降臨後第25主日 説教

神殿崩壊の預言

1イエスが神殿の境内を出て行かれるとき、弟子の一人が言った。「先生、御覧ください。なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう。」 2イエスは言われた。「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」

3イエスがオリーブ山で神殿の方を向いて座っておられると、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかに尋ねた。 4「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、そのことがすべて実現するときには、どんな徴があるのですか。」 5イエスは話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。 6わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。 7戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。 8民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる。これらは産みの苦しみの始まりである。

きょうの御言葉は、イエスさまが十字架にかかる三日前に話した弟子たちへの遺訓で、世の終わりについての話です。聖書は、どんな人にも誕生と死があり、初めと終わりがあるように、この宇宙や世界にも、初めと終わりがあると教えています。

さて、イエスさまの一行が神殿の境内を出ようとするとき、弟子の一人がこう言いました。《先生、御覧ください。なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう》(1)。たしかに、この神殿は、全部大理石でできた、たいへん荘厳な建物でした。当時すでに、世界中で語り草になっていたほどの、建築の粋を集めたものです。まだ建築中だったにもかかわらず、遠くのオリーブ山から見ると、大理石の壁が真っ白に輝いて燃えるように美しかったそうです。ガリラヤの田舎出の弟子たちが驚いたのも、無理はありません。

この神殿は、ヘロデ大王が紀元前19年に修築工事を始めて、紀元前9年に一応献堂しましたが、さらに工事を継続して紀元後64年に完成しました。イエスさまの時代には、《この神殿は建てるのに四十六年もかかった》(ヨハネ2章20)と言われています。

イエスさまは弟子の賛嘆の声に対して、《これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない》(2)と応えました。これは、全部粉々に壊されてしまうという意味です。ただし、イエスさまは、建造物の破壊のされ方を預言したのではなく、神殿を拠り所とするユダヤ教の宗教体制の徹底的な壊滅を預言したのです。

この神殿は、実際に、紀元70年に、ローマ軍によって完全に壊されてしまいました。イエスさまがこの言葉を語ったのが紀元30年頃ですから、それから40年も経たない内に、イエスさまの預言通りになったことになります。

イエスさまが神殿の崩壊を預言したことは、弟子たちだけでなく外の人々も聞いています。おそらく神殿から商人を追い出した時(11章15~19)、なんらかの表現で神殿の崩壊を語り、それを祭司長や律法学者を含む多くの人々が聞きました。そのことがイエスさまを殺そうとする直接の動機となって(11章18)、イエスさまの裁判の時に、《この男が、『わたしは人間の手で造ったこの神殿を打ち倒し、三日あれば、手で造らない別の神殿を建ててみせる』と言うのを、わたしたちは聞きました》(14章58)という訴えとなりました(マルコは57節でこれは偽証だとしています)。さらに、十字架の上のイエスさまに対する、《おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ》(15章29~30)という、通りかかった人々の嘲笑の言葉ともなりました。

神殿は神の民としてのイスラエルの存立の拠り所でした。その神殿の崩壊を公然と語るような者を生かしてはおけません。昔、神殿の壊滅を預言した預言者たちも迫害され、エレミヤは死刑にされるところでした。イエスさまはご自分の命をかけて神殿の崩壊を預言したのです。

さて、一行が神殿を出てオリーブ山に到着すると、さっそく四人の弟子たちがイエスさまの近くに来て尋ねました。《そのことはいつ起こるのですか。また、そのことがすべて実現するときには、どんな徴があるのですか》(4)。そこで、《イエスは話し始められた》(5)。弟子たちの問いに答える形で、イエスさまは終末に関する長い訓話を語り始めます。以下のイエスさまの言葉は、この四人に語ったことになっていますが、その内容は決して少数のグループの者に与えられた秘密の教えではなく、イエスさまを信じるすべての者に向けられているのです。そのことは、この訓話の最後で、《あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ》(13章37)と明言されています。

エルサレム神殿の崩壊は、ユダヤ人にとっては天が落ち地が崩れるのと同じような衝撃であって、神殿の崩壊は世の終りと同じでした。神殿が崩壊するとき、「この世」は終り、預言者が預言し、いろいろな黙示文書が描いていたように、宇宙的破局を経て「来るべき世」が来ます。

弟子たちは、そのような恐るべきことが「いつ起こるのですか」、そして、「どんな徴があるのですか」と尋ねます。彼らは、黙示録的終末を心に描いてこの質問をしているのです。

イエスさまが宣べ伝えた「神の国」は、その到来が差し迫っているという未来の面と、現在すでに来ているという両面があります。「神の国」が現在すでに来ているというのは、イエスさまの中に隠された形で来ているのであって、これは世の人々が見ることができない「奥義」です。しかし、《覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない》(マタイ10章26)。いまイエスさまの中に到来している「神の国」は、必ずあらわな形で顕現します。その時が迫っています。イエスさまはその現れる時のことを、弟子たちには「人の子の顕現」という形で語られました。たとえば、《神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる》(マルコ8章38)と言っています。

「神の国」とか「人の子の日」という事態は、場所や日付を問題にすることができるような歴史的出来事ではありません。ファリサイ派の人々が、「神の国はいつ来るのか」と尋ねたとき、イエスさまは、《神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない》(ルカ17章20~21)と答えています。それから、「人の子の日」について弟子たちにこう教えています。《あなたがたが、人の子の日を一日だけでも見たいと望む時が来る。しかし、見ることはできないだろう。『見よ、あそこだ』『見よ、ここだ』と人々は言うだろうが、出て行ってはならない。また、その人々の後を追いかけてもいけない。稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるからである》(ルカ17章22~24)。こういう性質のものですから、「いつ」起こるのかは、誰も知ることはできません。思いがけないとき突如私たちに臨むのだということを自覚して、現在を生きることが求められているのです。

ですから、この段落をよく読むと、マルコはこのような終末待望をいましめるような書き方をしています。まず、偽メシアの出現や戦争のことを取り上げ、《そういうことは起こるに決まっている》と言いますが、すぐに続けて、《まだ終りではない》(7)と断言しています。このような出来事は起こるけれども、それを前兆としてただちに終りの日に結びつけることはしてはいけないと言うのです。続いて、《民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる》と、騒乱や災害の苦しみを挙げた後、《これらは産みの苦しみの始まりである》(8)と言っています。世の騒乱や災害はその「産みの苦しみ」であって、それが満ちたいま、月満ちた女が子を産むように、「人の子の日」が世に臨むのだと考える人々に対して、マルコは、それは「産みの苦しみ」ではあるけれども、その日が満ちたのではない、始まりなのだ、これから世界は「産みの苦しみ」の時期に入るのだと言うのです。

こうして見てくると、この段落はたしかに終りの日の前兆のことを扱ってはいますが、それはこのような歴史上の出来事や自然界の災害を前兆として挙げて終末が近いことを強調するためではなく、むしろ、そのような現象を前兆として直ちに終わりの日の到来に結びつける態度をいましめるためであることが分かります。

その日は、《すべてが御子に服従するとき、・・・神がすべてにおいてすべてとなられる》(1コリント15章28)日です。私たちは、この神のみを見上げて、神の憐れみの前にひれ伏すほかありません。ですから、イエスさまは、「どんな時でも、仰ぐべきお方を仰ぎ見、目を覚ましていなさい。いつ終わりの日が来てもよいように、心の備えをしていなさい」、と言うのです。

祈りましょう。天の父なる神さま。御子をとおして、私たちが生きる時も死ぬ時も、体も魂もすべて慈しみ深いあなたの御手のうちにあることを教えてくださったことを感謝します。御国を目指して歩む私たちを導いてください。御子、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。