Sola Gratia

四旬節第3主日 説教

新しい神殿

13ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。 14そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。 15イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、 16鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」 17弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。 18ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。 19イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」 20それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。 21イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。 22イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

「宮清め」と言われる出来事は、ヨハネ福音書以外の三つの福音書すべてが、受難週の初めの出来事として記しています。イエスさまがエルサレムに入城して、最初に行なったのがこの「宮清め」でした。ところが、このヨハネ福音書では、カナの婚礼で水をぶどう酒に変えるという最初の奇跡をおこなったすぐ後に記されています。ヨハネ福音書において「宮清め」が活動の最初の方に記されている意図は何でしょうか。それは、イエスさまの地上の生涯の歩みのすべてを、受難週の歩み、つまり十字架と復活への歩みとして示すためだと考えられます。

イエスさまはエルサレム神殿の境内に入られました。するとそこは、牛や羊や鳩を売る人々、それを買う人々、また両替する人々でごった返していました。牛や羊や鳩を売っていたのは、エルサレム神殿では、礼拝が、いけにえをささげるという仕方で行われていたからです。本来は自分の飼っている家畜の最上のものをささげるものでしたが、エルサレム神殿に参拝する人々はユダヤ全土、あるいはローマ帝国中から来るのですから、とても動物を連れては来られません。それで、みんなここで買うことになっていたのです。過越祭はユダヤ三大祭りの一つで、この時エルサレムの人口は、いつもの住民の何倍かに膨れ上がります。その人たちがみんな動物を買うものですから、その数たるや大変な数に上ったと思います。当然、その売り上げも莫大なものでしたし、その売り上げの何割かは神殿に納められることになっていたわけです。

両替というのは、神殿にささげる献金のための両替です。当時使われていたお金には、ローマ帝国の皇帝の肖像が刻まれていました。これは皇帝礼拝につながるので、エルサレム神殿で神にささげることは出来ないと神殿が決めていました。ですから、当時はもう使われていなかった、昔ローマに支配される前にユダヤが造ったお金に両替して、神殿にささげていたのです。そのお金は普段は使われていないのですから、みんなここで両替しなければならなかったし、その手数料の何割かは神殿に入るということになっていたのです。

イエスさまはそのあり様を見て、怒りをあらわにしました。イエスさまは縄で鞭を作り、牛や羊を境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒した、とあります。どうしてイエスさまはこんなことをしたのでしょうか。

イエスさまはこう叫びます。《わたしの父の家を商売の家としてはならない》。イエスさまは神殿を「わたしの父の家」と言います。主なる神を指して「わたしの父」と言われました。イエスさまは、ここで自らが神の子であることを宣言したのです。そして、その神の子の権威をもって、商売の家とするなと言いました。他の三つの福音書では、イエスさまは《わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである》というイザヤ56章7の言葉を引用しています(マルコ11章17など)。神殿が商売の家ではなく、祈りの家でなければならないという当然のことが分からないほどに、このエルサレム神殿の境内における商売は当たり前のこととして行われていたのです。

イエスさまのしたことに対して、「ユダヤ人たちはイエスに『あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか』と言った。」とあります。「何の権威があってこのようなことをするのか、証拠を見せてみよ」、という意味です。そこで与えた言葉は、はっきりと神殿礼拝を否定しています。《この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる》。これはイエスさまが十字架にかかり、三日目によみがえることを言ったのですが、人々はこの言葉の表面的な意味しか理解することができません。それで人々は、《この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか》と言ったのです。イエスさまの時代のエルサレム神殿は、ヘロデ大王が大規模な修復、改築を始めて、46年間も工事を続けていて、しかも、まだ完成していません。これが完成したのはさらに40年ほどして、紀元66年だと言われています。しかし、そのわずか4年後の紀元70年には、ローマ軍によって瓦礫の山になってしまったのです。

この「神殿」という言葉は、神殿の一番奥の「至聖所」と呼ばれる場所を指すと考えた方がよい言葉です。そこは、大祭司だけが年に一度だけ入れる場所であって、そこが神と出会う場所でした。イエスさまは旧約聖書の神殿はもはやその役割を終えて、いまやイエスさまの体である神殿においてこそ神と出会うことができる、と言っているのです。イエスさまが十字架にかかったとき、この至聖所を仕切っていた幕が真っ二つに裂けました(マルコ15章38など)。神殿の一番奥にあって、わたしたちと神とを隔てていた幕が裂けた。つまり、イエスさまの十字架と復活によって、わたしたちは場所や建物にしばられることなく、神と直接に出会うことができる、と宣言したのです。この恵みの中に生きるようになったのが、キリストの教会なのです。神は教会の建物の中におられるのではなく、キリストを信じるすべての者の中に、キリストを信じるすべての者と共におられるのです。

このイエスさまによって「宮清め」が行われたとき、イエスさまの弟子も、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」というイエスさまの言葉の意味は分かりませんでした。《イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思いだし、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた》と言われているとおりです。言われたきには分からなかった。しかし、イエスさまが十字架にかかり、三日目によみがえったとき、このイエスさまの言葉の意味が分かったのです。イエスさまの復活を知ることなしに、まことの礼拝ということは分かりません。み言葉をとおして、キリストの体と血にあずかる聖餐をとおして、神と出会い、神と交わり、神と共にある。これこそが礼拝の中心です。

エルサレム神殿においてささげられていたのは、動物の犠牲でした。しかし、イエスさまがその十字架と復活によって建ててくださった新しい神殿、キリストの体なる教会においてささげられる礼拝は、霊とまことをもってささげられる礼拝であり、ささげられるべきものはわたしたち自身なのです。パウロがローマの信徒への手紙で《自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です》(ローマ12章1)と言うとおりです。牛や羊や鳩やお金をささげて、礼拝したつもりになっていてはいけない、あなた自身をささげるのだ、そう言われたのです。

さて、イエスさまの復活の後になって、この宮清めの場面を思い出して、弟子たちが旧約聖書の言葉を思い出したことが記されています。《弟子たちは、『あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす』と書いてあるのを思い出した》。これは詩編69編10の言葉なのですが、これは、イエスさまが神殿のことを思う、神殿をまことに神を礼拝するところにしようと思う、その熱意によって自分自身が食い尽くされる。つまり、十字架にかかって死なれるということを、弟子たちは思い出したのでした。

まさに、この宮清めの出来事が、イエスさまを十字架への歩みへと決定付けることになりました。イエスさまが人々を憐れみ、奇跡をなし、教えを宣べ伝えていても、イエスさまを殺さなければならないとまでは考えなかったと思います。しかし、ユダヤ教の当局者にとって、このエルサレム神殿の権威をないがしろにする者を生かしておくわけにはいかなかったのです。ヨハネ福音書は、これから語られていくイエスさまの業と言葉を、十字架と復活への道筋にあるものとして語ろうとしたのです。神殿の本来の意味は「神がそこに住まい、人が神と出会う場」です。イエスさまにおいて、とくに死んで復活したイエスさまにおいて、神は人と共におられ、人は神に出会うことができるのです。