受難主日(枝の主日) 説教
マタイによる主イエスの受難
- 2014年4月13日(日)
- 受難主日(枝の主日)
- マタイ27章27~54
総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。
兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。
さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。
きょうは、復活祭の一週前の日曜日です。伝統的に「棕櫚主日」と呼ばれていました(いまは「枝の主日」と言います)。群衆がしゅろ(なつめやし)の枝を打ち振ってイエスさまのエルサレム入城を迎えたことを記念する日でした。そして、イエスさまの受難については、聖金曜日に記念されていたのです。
ところが、1970年に3年サイクルの聖書日課が用いられるようになると同時に、イエスさまの主な出来事は主日礼拝で記念されるようになります。人々の生活が忙しくなって、週日に礼拝を守ることが難しくなってきたという事情もあると思います。それ以来、きょうは、枝の主日であり、受難の主日でもあるということになって、エルサレム入城と受難という二つのテーマを持たされる珍しい日となりました。
それで、今朝の礼拝は、イエスさまのエルサレム入城を記念して、まずマタイ21章1~11を読み、讃美歌77番を歌って、私たちもまた「ホサナ、ホサナ」とイエスさまを称えることから始めました。もっとも、この群衆による歓呼の歌は、式文の「サンクトゥス」の後半に採り入れられており、わたしたちは礼拝の度に歌ってはいるのですが。
また、イエスさまがオリーブ山から柔和な動物であるロバに乗って入城したことは、きょうの旧約聖書(ゼカリヤ9章9~10)の預言の成就と考えられます。この個所の後半は、イエスさまが政治的軍事的メシアではなく、愛と平和のメシアとして来られたことを告げていて、大切な預言です。《わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ》。イエスさまが大きな馬ではなくて、小さなロバに乗っていることは、この預言を目に見える形で表わすものです。
きょうは、受難主日の福音として、マタイによる福音書の受難の記事を読みました。イエスさまの受難物語は、その範囲についてさまざまな議論がありますが、聖書日課では、その範囲を最後の晩餐から埋葬までとしています。それは、マタイの26~27章のほぼ全部という非常に長い個所になります。キリスト教信仰にとってたいへん大事な個所ですから、端折らない方が良いのですが、主日礼拝の中で読むにはあまりに長いので、きょうは端折りに端折って、それでも、いつもよりはかなり長い区分を読みました。そして、より良く味わえるように、受難劇として編集して、みんなで配役を分け持って読みました。
一緒に読んでみて気づかれたと思いますが、マタイによるイエスさまの受難は、全くの孤独と苦悩の死であることが特徴です。十字架のそばにまで着いてくるのは、無理やりイエスさまの十字架を背負わされたキレネ人のシモンただ一人であって、ヨハネ福音のように母マリアと愛する弟子が傍らにいるということはありません。伝説のヴェロニカがハンカチでイエスさまの顔の血と汗と涙をぬぐうこともありません。ユダが裏切り、ペトロも離反し、男弟子たちは逃げ去り、女弟子たちも遠巻きに見守っているだけです。祭司長や長老たちは偽証人を立ててまでイエスさまを殺そうと図るし、群衆もそれに乗って「十字架につけろ」と騒ぎたてるし、ローマの兵士たちもイエスさまを執拗になぶりものにします。一緒に磔にされた強盗たちもルカ福音のような回心はしません。ただイエスさまをののしるばかりです。要するに、誰ひとりイエスさまを理解しません。イエスさまに対して固く心を閉ざしています。
聖書はイエスさまの十字架については、不思議と、細かいことは書きません。ただ、《彼らはイエスを十字架につけると・・・》だけです。ところが、ピラト、祭司長や長老たち、群衆とローマ軍の兵隊たち、十字架上の強盗たちが、どのようにイエスさまを取り扱ったかは、こまごまと書いています。それは、私たちが彼らと同じように、イエスさまの十字架の意味を悟らないでイエスさまをののしる者にならないためです。
しかし、イエスさまが無実の罪で訴えられていると認める者もいました。27章に4人登場します。誰だったでしょうか。最初は、あのユダです。こう書かれています。《そのころ、イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った》(3~4)。
次は、総督ピラトの妻です。《一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました」》(19)。
三人目はピラト本人です。《人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かってい》た(18)《ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」》(24)。
そして、最後は、イエスさまの処刑を終えたローマ軍の百人隊長たちです。《百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った》(54)。ユダ以外は皆、異邦人であることが注目されます。
では、一体、イエスさまの何が問題だったのでしょうか。最高法院での裁判は、次のように描かれています。
《さて、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた。偽証人は何人も現れたが、証拠は得られなかった。最後に二人の者が来て、「この男は、『神の神殿を打ち倒し、三日あれば建てることができる』と言いました」と告げた。そこで、大祭司は立ち上がり、イエスに言った。「何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか。」イエスは黙り続けておられた。大祭司は言った。「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。」イエスは言われた。「それは、あなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。」そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。「神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。どう思うか。」人々は、「死刑にすべきだ」と答えた》(26章59~66)。
この大祭司のパフォーマンスで、神の子を詐称したことが死刑の決め手に仕立てられましたが、本当は、律法を破ったこと、罪人と交わったこと、とくにも神殿批判をしたことが、神殿体制に支えられているユダヤ人支配者たちの反感を買ったのです。
ところが、これより2年ほど前に、総督ピラトはユダヤの律法による死刑を行う権利をはく奪し、死刑執行はローマ法による判決が必要でした。ピラトの裁判では、《さて、イエスは総督の前に立たれた。総督がイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と言われた》(27章11)とあるように、ローマにとっては、「ユダヤ人の王」なのか否か、ローマの支配を排除してユダヤの独立を企てる者か否かが最大の問題です。すでにゲツセマネの園での逮捕劇のとき、イエスさまはペトロに《剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる》(26章52)と言っています。ピラトはイエスさまの無罪を知りながら、ユダヤ人の圧力に負けて、間違った判決を下しました。ですから、裁判の記録を読んでも、死刑にならなければならないような理由ははっきりとしません。
イエスさまは十字架上で七つの言葉を発しましたが、マタイではそのうちの一つ、《エリ、エリ、レマ、サバクタニ》を口にするだけです。これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味の痛切な叫びです。本来ならば、見捨てられるはずのない方が、見捨てられ、苦しんでいるのです。
そこで、わたしたちの疑問は、イエスさまが神の子なら、なぜ苦しんでいないで、自分で十字架から降りないのかというものです。聖書でも、人々は同様のことを言っています。
《そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。『神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。』同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから》(40~43)。
しかし、見捨てられるはずのない方が、見捨てられるのが、神のみ心であるならば、それは神さまの特別な意図があるはずです。ですから、イエスさまが自分を救って、十字架から降りてしまったら、その自助努力は、神から離れてしまうことを意味しています。「自分を救い、十字架から降りてみよ」という群衆の声は、神の意志を無視せよという悪魔の誘惑の声なのです。十字架はイエスさまの無力を証明するものではありません。イエスさまは十字架によって、罪と死の力に勝利されたのです。イエスさまは、私たちを神と和解させ、新しい命を与えてくださったのです。罪のないイエスさまが神さまに見捨てられたのは、見捨てられるべき私たちが見捨てられないようになるためでした。
十字架に続いて、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けたことと、墓が開いて生き返った人がいたという出来事が、神さまの意図を現しています。
神殿の垂れ幕が裂けたということは、神殿に代表されるユダヤ教が神によって否定されたことを表わしています。また、神殿の垂れ幕は、神さまが臨在される至聖所と神殿に仕える人々とを区切るものでして、罪ある人間は神さまのみ前に出ることができないことを表していました。その垂れ幕が裂けたということは、神と人との隔たりが除かれたことを意味します。イエスさまの十字架によって、罪の贖いが完成され、神さまと私たちとを隔てるものが取り除かれて、私たちが自由に神さまと交わることができるようになったことを意味しています。
死んだ者が復活したことは、「死の克服」を意味しています。《罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです》(ローマ6章23)。 イエスさまの贖いを感謝して受けて、新しい命を神さまからいただきましょう。